捕鯨問題は日本が毅然とした態度を

取るべきだといつも感じている。
捕鯨船がいわれなき攻撃を受けた事件や、今回は日本大使館が抗議行動によって壁をよじ登られたと言うニュースまで入ってきている。


この「捕鯨」、ヨーロッパ諸国やアメリカではクジラの油を取るために捕鯨が盛んにおこなわれていた。
しかし日本では、クジラのすべてを利用しつくしてきた。
鯨肉は小学校給食の定番だったし、各部位に対する思い入れも相当なものがあり、全てを利用して生活してきたと言ってはばかることはないであろう。
クジラのひげは文楽に使われる人形を動かす大切な糸として使ったり、文化芸術の域にまでクジラは利用それ尽くしてきたのである。
それを「かわいそう」と言う一言で反対するのはいかがなものか。
捕鯨がかわいそうなら、その他の肉食はかわいそうではないのか。
新たな生命の息吹を感じる植物を食べてしまう事もかわいそうではないのか。


人は食物を取らなければ生きてゆけない。
命を保つためにすべての生き物は何かを食べ続けなければならない。
これが自然の理屈であろう。
だとすると、「捕鯨問題」はどのように考えたらよいのか。

但し、黒マグロの大トロような一部の物だけに偏ってありがたがるのは問題があると思えるが。


にほんブログ村 地域生活ブログへ